またつまらぬものを撮ってしまった

カメラ猫

いつもの風景が私の作品♪

菫丸
ハロウィンだったから、仮装してみたにゃ! 

山吹丸
えーと、菫丸、何の仮装なんですか? 

菫丸
見ればすぐわかるにゃ?「カメラ猫」にゃ。 

山吹丸
「カメラ女子」あたりを意識してるんでしょうか。微妙すぎてコメントしようがないんですが。 

菫丸
カメラのストラップをマフラーの内側にかけてるところがこの仮装のクオリティにゃ。なぜならカメラは自分の一部だからにゃ。 

山吹丸
…………。 

というわけで、ハロウィンを地味に引きずりつつ、今日は写真のことを書きたい。ところで、

クリスマスの脅威から我々は逃げられない

先日のこちらの記事での予言は見事的中したもよう。

ハッピーハロウィン、ハッピー灯台の日、そして未来予測
今日がハロウィンならば明日は灯台記念日。そして、私には明日からの未来が手に取るように見えるのです……

予言と呼ぶほどでないのはわかっている。日本の、商業施設のある場所へよく行く人なら誰もが気づいていることだ。それにしてもまだ11月も始めだというのに、近所のスーパーまでがこのざまだ。

クリスマスの脅威

「ほ〜ら、言わんこっちゃない」とつぶやいていそうなマネキン

写真は好きですか

本題に戻って写真だが、私は「写真が好きか、好きでないか」と言われるとうーんと考え込んでしまう。

「作品として、鑑賞対象としての写真」に関しては、正直、良し悪しがよくわからない。被写体が面白ければ面白い、つまらなければつまらないと思うだけだ。

普段写真をよく撮るかと言われたら圧倒的にNOだ。どこへ行った、何を見た、何を食べた、をいちいち写真に収めたり、自分や友達の姿を撮ったりすることにはほぼ興味がないと言ってよい。たまに写真の一枚くらい撮ればよかったと後で思うことがないではないが、写真を撮ろうとカメラを持っていくと、どうも「見る」ことのモードが変わって肉眼視が疎かになる感覚があって苦手だ。

にも関わらず、私には「写真を撮りたい」と強く思う瞬間がある。
カメラに興味を持って、とても若い時のひところ、一眼レフ(もちろんフィルムカメラだ)をいじって遊んでいた時期もあった。

デジカメが普及した時には手軽にメモ代わりに撮れると思い購入したし、携帯電話にカメラがつく時代になってからは時々撮る。

何を撮るかというとこれが、

つまらないものを撮るのだ

撮った時はもちろん「つまらない」とは思っていない。何かしらハッとする風景に出会って撮るのである。
しかし写真の技術が低すぎるのと、「ハッとする」ポイントがわかりにくすぎるのとで、しばらく経って見直すと、「この写真、なんで撮ったんだっけ?」ということがよく起こる。

この「つまらない写真」(略して「つま写」とでも名付けようか)というジャンルに関しては、自分でもつまらなさ加減で世界でもかなり上位に入ると自負している。

たとえば、こんな写真だ。

フルオープンどこでもドア

これはまだ撮ったばかりだから面白かったツボを覚えている。

「おお!出発地も行先もフルオープンなどこでもドアがここに!」と、どういうわけか興奮して撮った。要は普通のドアだ。普通じゃない点もあるといえばあるが、別にどこでもドアではない。

ガス三本セット

こちらは、道路予定地に罠のようにガス管が出ているところが、毒牙を抜かれたことに気づいていない毒蛇三兄弟のようで何とも言えず面白い気がして撮った。

異世界から来た木

これは異界の入り口に立つ木の子孫に違いない、飛んできた種から生えたのだろう!とこれまた軽く興奮して撮った写真。

奥野ビル内部

こちらは銀座「奥野ビル」の内部が面白かったので撮ったことまでは覚えているのだが、やや日数が経ちすぎて、いいと思ったピンポイントなツボは忘れたという作例。

いかがだろう。
驚異のつまらなさに腰を抜かしていただけただろうか?

新しい写真に関しても、自分で写真だけを見ても面白さが全然わからない。ただ、その時の記憶がまだ鮮明だから、「あの時、あの景色に感銘を受けた」と思い出せるだけの話だ。

写真って難しいなあ……

いつもこう思うのだ。本当に写真は難しい。

絵を描くことの価値を主張する時、「見た通りにリアルに描くなら写真でいい。もっと心に感じたことを表現したのが絵だ」みたいなことを言ったりするが、いやいや見た通りリアルに写真を撮るって至難の技だろうが!とよく思う。

絵ならば下絵をああだこうだと迷いながら描いている時に、ふと描きたいことが凝集してくる感覚があり、それを元に描けば良い。でも、写真はシャッターを押す一瞬に勝負が決まってしまう。

だが、写真についてもっと勉強して技術を向上させたところで、ちょっとやそっとで感動が蘇るような写真が撮れるとは思わない。

いいところで、「さりげない日常をその空気感ごと切り取った」的な写真になったり、なんとなくかっこいいとか雰囲気が良いとかいう要素が加わるだけなのでは?という気がする。

そういう写真もいいけれど、私が撮りたいのは違う。

さりげない日常の一部ではあるかもしれないが、そこだけ異彩を放っている場所、異世界がぱかっと口を開けているような一種異様な光景を見つけた時、記録に残したいのだ。

「異様」といっても、禍々しい、恐ろしい写真が撮りたいわけではない。読んで字のごとく、有り様が普通と異なるさまを撮りたい。

先ほどの写真を見てもまったく信じられないとは思うが、私は感動したのだ。フルオープンどこでもドアや、ガス3本セットや、異界の木に!(たぶん古いビルの内部にも)

「つま写」を追求するという方向

というわけで、写真の腕を磨こうというのではなく、いっそ「見せたいポイントがわかりにくすぎてつまらない写真」の可能性を追求してみようと思う。

「つま写」の第一人者となろうという意気込みだ。

カメラを持って「またつまらぬものを撮ってしまった」とにやにやする人物がいたら、それが私かもしれない。

繰り返し言うが、「つま写」は「つまらない写真」のことである。「私の勝ちだ」と自慢の美人妻の写真なんかを送ってこられないようくれぐれもお願いしたい。

山吹丸
つまらない写真ですってよ、菫丸。 
菫丸
ますますこのブログの人気がなくなるにゃ。推定2人くらいの読者の人が見てくれなくなったらゴーストブログにゃ。あれ?「ゴーストブログ」ってけっこうイカすにゃ! 
山吹丸
「カメラ猫」の仮装なんかするからですよ。意味不明なこと言ってないで責任取ってください。