幾度姿が変わっても 水樹和佳子(3)

こちらは連続した記事の(3)です。(1)(2)はこちら!

名作SFファンタジー漫画『イティハーサ』で知られる水樹和佳子さんの未来的転身に感銘を受けたお話。リンダ・グラットン著『ワーク・シフト』についても紹介します。
門外漢にとって「おもしろい漫画が読みたいけれど、どこに行って何をすれば?」は大問題。水樹和佳子『イティハーサ』との出会いと、漫画の文庫本、漫画を試すツールとしての電子書籍について。
未来曼荼羅

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こんな人は『イティーハーサ』にはまろう!

さていよいよ、水樹和佳子作『イティハーサ』の魅力。
今さら私が語るまでもない名作なのだが、それでも世界人類の全てが読んだわけではないと思うので、今ここでご紹介したい。未読の方のガイドになったり、すでに読んだ方にも「ほーそういう見方もあるか」「いやいやまだ読み込みがヌルイぞ」「うん、そうだよね」など何でも、思っていただけたら満足だ。

読む人を激しく選り好みする作品ではない。
でも私だったら特にこんな人にすすめたい、と思うのは、

SFを読んだことがない→設定が複雑でわかりにくそう、そういう趣味の人が設定に萌えてるようなジャンルなのでは?というイメージを持っている人
少女漫画を読んだことがない→目がやたら大きくてキラキラしていたり、思春期の少女の心情や恋愛をキラキラ描いてる漫画?なんかとっつきにくいなあ、というイメージを持っている人

などだ。
なぜかというと、そういう人は多いし、思い返せばかつての私も、自覚はなかったものの、どちらの要素もうっすら持っていたから。様々な面白い作品に出会ってそうした「食わず嫌い」はいつの間にか解消されたが、この作品によってさらに、「こういう表現もあり得るのか!」と驚き、ジャンルにとらわれることの無意味さを思い知らされたからだ。もちろんSF大好き少女漫画大好きなのにたまたま読んでないという人ならば、迷うことなく今すぐ読むといいと思う。

『イティハーサ』の作品世界

舞台は古代の日本のようでもあり、大文明が栄えて滅んだ後の未来のようでもあるどこか。「目に見えぬ神々」によって守られていたはずの島国にいつしか「目に見える神々」、戦いを好み、里を襲い里人を殺し子供をさらって人を悪の道にひきずりこむ「威神(いしん)」と、平和を好み人を癒す「亞神(あしん)」とが姿を現す。

いったいなぜこの国は戦いに巻き込まれたのか。目に見えぬ神々は我らを見棄てたのか。やがて威神の率いる軍勢に、主人公の暮らす、目に見えぬ神々を信奉する小さなむらも襲われ、略奪と殺戮の嵐から主人公たちはあやうく生き延びる。そこから物語がはじまる。

主人公はひとりの孤児の少年と、川で拾われ妹として彼に育てられる少女である。
このふたりの人物は、古式ゆかしい「物語の主人公」らしい主人公だ。数奇な運命に翻弄されるものの、アクが強いという意味での個性をさほど感じさせない、素朴な「善」「純粋さ」を体現する美少年・美少女。物語には様々な楽しみ方があるとはいえ、この二人が不幸になることを期待しながら読むという人は稀だろう。誰もが無理なくそこに視点を置き、ほどよく感情移入して物語の展開に集中できる。一方、周囲にはもっと現代的な個性、自我、煩悩を持った大人の男女も出てきてこちらもとても魅力的だ。どうしようもなく悪に惹かれる心。どんなに努力しても手の届かない境地。決して叶わない恋。理不尽への怒り、嫉妬、承認欲求などなど。どのキャラクターがお気に入りかはそれぞれだろうが、サブキャラクターの方へより熱量の高い思い入れを持つ人が多いのではないか。

登場人物たちは繊細に描き分けられ、その描写は台詞や独白によるものと絵によるものとが弁別しがたく一体化している。絵に関しては、キャラクターたちの容貌が、顔だちや表情だけでなく、筋肉質なのか華奢なのかといった体格や歩き方、立ち姿の癖までも細かく描き分けられているのが見事だ。
人間だけでなく、「目に見える神々」の造形も素晴らしい。

特に、最も恐れられる威神でありながら、どこか単純な「悪」には収まらない謎めいた魅力を持つ「鬼幽(きゆう)」、平和を好む亞神でありながら、敢えて精鋭の(人間の)戎士たちを率い、威神と戦う「律尊(りっそん)」の造形はため息の出る美しさ。その他の「目に見える神々」たちも、それぞれどこか人間的な個性と性格を持ち、それが造形・表情など絵の上でももちろん「描かれて」いる。絶対的な唯一神ではなく「八百万の神」やギリシャ神話の神々のような「多神」であり、それが物語の核心とも関わっている。

物語の設定やキャラクターの衣装、髪型、装飾的な紋様、それに和語の使い方、漢字のあて方なども緻密に考え抜かれて、物語の世界観が現代とはひどく遠いにもかかわらず、どこかにこの世界と地続きな通い路があるかのように自然に入って行ける。

なぜこのような戦いが起こったのか。

何によって人は救われるのか。

戦いの日々に翻弄されながらも、主人公たちがその真実に近づいていくという壮大な物語だ。

物語の結末にはちょっと驚かされる。TVアニメ版「エヴァンゲリオン」最終回に似ていなくもない衝撃を受ける人もいるかもしれない。だが、なるほどそういうことか、と理解できる着地であるし、非常に現代的、かつ普遍的なテーマだ。読み終わった時に、「今」読めて良かった、そう思うのではないかな。

そして作品の本当のラストシーンでは、ある奇跡が起き、あえて書かれていない「言葉」(だが、読者にはそれがどんな言葉だかはっきりとわかるのだ)によって、新たな世界がそこからはじまるという仕掛け。全容を見ることはできないがそれが大きな円環の一部のように感じられる、見事で感動的な終幕。

目に見えぬ神々の信徒たちは、人の御魂(みたま=たましい)が何度も生まれ変わるという教えを信じている。姿を変えて生まれ変わっても、御魂に深く刻み付けられた思いは引き継がれるとも。

今読むと、あたかも、人が一生の中で姿を変え、立場を変えても、ずっと変わらない何かがある、ということも表しているように思えてしまう。

漫画家・水樹和佳子が追求しつづけた世界は、表現方法が変わってもその核は残っているのに違いない。インターネットのおかげで、作者が「花」と向き合いながら生み出す新しい世界を見ることができるのは、ファンにとっては幸せなことだと思う。

『イティハーサ』コミックス版表紙ギャラリー!(amazonへリンク)

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菫丸
やっぱり集積回路は曼荼羅に似てるにゃ? 
山吹丸
ページトップの画像のことですね。いいですよもう集積回路は。『イティハーサ』と関係ないでしょ! 
菫丸
「情報はほどけて離散する」のにゃ。あながち関係なくはないにゃ。 
山吹丸
ふーむ、なるほどね。何のことやら?と気になった方は『イティハーサ』読んでくださいね!